東京高等裁判所 昭和34年(う)1363号 判決
被告人 李且方
〔抄 録〕
按ずるに、原審第一回公判において、被告人及び原審相被告人李福永は「公訴事実のとおり相違なく、私達のやつたことは有罪であると思います。」と陳述し同人らの弁護人は「別に意見はありません。」と陳述したことは公判調書の記載によつて明らかであるところ、次いで行われた検察官の証拠書類についての証拠調の申請(原判決が罪証の用に供した被告人及び原審相被告人らの司法警察員及び検察官に対する各供述調書、被害者提出の被害届等を含む)については、被告人ら又は弁護人が証拠とすることについて同意をしたか否かは公判調書上明らかにされていないが、原審が右検察官の申請を採用し直ちにその証拠調を施行したことに対し、被告人ら及び弁護人から異議の申立があつた形跡はないし、また、その後の原審公判の審理を通じて観察しても、この点について何らの異議の申立もなかつたことが認められるのであるから、このような審理の経過に徴すれば、被告人ら及び弁護人は検察官の右証拠書類についての証拠調の申請に対しては何らの異議もなく且つこれに対してはすべて刑事訴訟法第三百二十六条にいわゆる証拠とすることの同意を与える趣旨であつたと認めるのを相当とするというべきである。もつとも、刑事訴訟規則第四十四条第一項第二十二号によれば、刑事訴訟法第三百二十六条の同意はこれを公判調書に記載しなければならないものとされているけれども、それは右同意があつた旨明確な記載がなければ、如何なる場合でも同意がなかつたものと認むべきものであるということを意味するものではないと認むべきであつて、公判調書上右同意があつた旨の記載がない場合でも、実質上同意を与える趣旨であつたことが記録に徴し優に認め得られること本件の如き場合においては、これを同意があつたものとして取扱うことは違法ではないことは刑事訴訟法第五十二条の解釈から認め得るところである。といわなければならないから、原判決が右検察官の申請に基き証拠調を経た証拠書類を罪証の用に供したことは、何ら採証に関する訴訟手続上の違法を冒しているものとはいい難く、ひつきよう原判決には所論の如き違法は存在しないといわなければならない。論旨は理由がない。
控訴趣意第二点及び控訴趣意補充書(昭和三十四年十二月二日付)について
按ずるに、原判決挙示の証拠を綜合すれば、原判示犯罪事実はその証明十分であり、所論に鑑み記録を精査し且つ当審における事実取調の結果を参酌しても、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認が存在するものとは考えられない。
すなわち、記録並びに当審における事実取調の結果によれば、本件難破船(第二恵比寿丸)は、原判示千葉県安房郡白浜町塩浦地先海岸より南方約二百米沖合の岩礁に乗り上げて難破し沈没したが、その船体は船首、船橋、甲板等五個位に分裂し、そのうち数個は風波のため右海岸の波打際ないしは砂浜まで折ち上げられ、東西約数百米の範囲内で数ケ所にその残骸をさらすに至つたところ、被告人は単独ないし原審相被告人らと共に右破損した船体の所在場所に至り、船体に附属させられていた鉄管、鉄製パイプ、鉄製梯子等及び電動発電機を持ち帰つたこと海岸に散在していた船体の各部分は、いずれも右難破船の一部であることが明白で何人が見ても疑う余地がなく、従つて被告人らが持ち帰つた右各物件は右難破船に所属するものであることにつき何ら疑を容れる余地もない状態であつたこと、右難破船は元茨城県郡珂港市在住の簿井利右衛門の所有であつたが、難破(昭和三十四年一月三日)後である同年一月十六日同県鹿島郡波崎町在住の稲村律平が落札によつてその所有者となつたこと等はいずれも明認できるところであつて、このように船舶が難破して沈没し、乗員がすべて退去し直接に船体を占有し又は看守する者がいなくなつたとしても、それのみによつて直ちに該船体の管理支配の可能性が失われ、船舶の所有者はその占有を失うものと解するべきではなく、かかる場合には社会通念上依然としてその所有者において占有を保持しているものと解すべきであり、たとえその船体が風波のため分裂して海岸に打ち上げられ数ケ所に残骸をさらすに至つたとしても、何人もそれが難破船の一部分であるということを疑うことができないような状態で存在するときは、その各部分並びにそれに附属させた船員、船材、機関等に対しては、船舶所有者は依然としてその占有を保持しているものと認むべきは当然といわなければならない。のみならず、当審における証人染谷清に対する尋問調書の記載によれば、白浜漁業組合は本件難破船の管理を依頼されていたことが認められるから、この点からしても右結論は支持されるべきである。それ故、かかる難破船の船体の一部から所有者を排除して擅に物件を持ち去るが如きは窃盗罪をもつて論ずるべき筋合であつて、これを所有者の意思に基かないで占有を離脱した漂流物の横領であると論ずることは許されない筈である。殊に、記録中の大井孝夫の検察官に対する供述調書の記載によると、本件船舶は茨城県水産課内漁船保険課の管理下におかれていたが、難破によつて全損と認定され保険金が船主に支払われ、船体は同課に所属したが、次いで落札によつて右稲村の所有に帰したものであるが、その間難破直後の一月六日以降右保険課の依頼により稲村が船体の管理を依頼されていたことが認められるから、同人が事実上難破船体の管理支配をしていたことも窺われるのみならず、前記の如く地元白浜漁業組合が依頼されて管理をしていたことも認められる以上は、被告人らの本件所為が窃盗罪をもつて論ぜられるべきは当然であるといわなければならない。また、この点に関する被告人らの認識もまた単に占有離脱たる漂流物を横領する意図ではなく、他人の占有物を窃取する意図であつたということは、被告人の検察官に対する供述調書中「勿論沈んだ船のことですから別に捨ててあるものではなく、こわれても持主のあることは判つていましたが云々。」という記載、李福永の検察官に対する供述調書中「勿論遭難した船の部品といつても捨ててあるものではなく、船主はあるのですから、それを知りながら盗んだ点は申訳ない。」という記載、当審における同人に対する尋問調書中「品物が難破船の物であるというようには思つていたが皆が拾つているから拾つたのです。」という記載、崔順福の検察官に対する供述調書中「持出したものは捨ててあるものではなく、機械等の引揚もサルベージがやつているので盗つて悪い事は承知していた。」という記載及び李錦観の検察官に対する供述調書中「こわれた船は捨ててある訳ではないので船主のものと思つていました。」という記載等に徴すれば、優にこれを認め得る次第であるから、ひつきよう、被告人に窃盗の罪責があることは否定するに由がないといわなければならないし、仮に所論の如く、原判示白浜町海岸地方においては、従来難破船のある毎に、海岸に打上げられたものは村民の勝手に持ち去るがままにしていたというような例があつたとしても、それは本件の場合とはおのずから実情を異にしていたものと認められ、これをもつて本件被告人の所為を罪とならないと論ずることは許されない。これを要するに、原判決には事実の誤認ないし法令の解釈を誤つた違法はいずれも存在しない。論旨は理由がない。
(三宅 東 井波)